境界
境界は、仏教では、下記のような意味です。
①感覚の対象で、境ともいう。眼・耳・鼻・舌・身・意の六根が認識する対象として、色・声・香・味・触・法の六境がある。 ②境地。心の状態のこと。 ③個人の能力が及ぶ限界。また、その範囲をいう。 ④果報としての境遇。生活の環境世界。
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また読みも「きょうかい」ではなく「きょうがい」と読むことが多いです。
現代ではどちらかと言えば、「範囲」を表す言葉として受け止められているでしょうか。
何かと何かとの境目というイメージもあるかと思います。
一方で仏教ではどちらかといえば、内面方向に向くような形での捉え方が主になると感じます。
特に①の自身が認識する対象を示すという意味はとても興味深く感じます。
実は、以前の記事の線引きに関して調べているときに、この境界も出てきました。
境界と境界の狭間のところをどのように捉えるとよいかを考えていたところ、そもそも境界の意味はどういうものであったろうかと調べたところです。
以前から教えてもらっていましたが境界は奥が深いです。(何でも奥が深いと言ってしますのは内緒の話です…)



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