春は花さき秋は菓なる、夏はあたたかに冬はつめたし。時のしからしむるに有らずや。
『報恩抄』
植物を育てていると、良く思う。
早く花を咲かせて欲しい、早く実をつけて欲しい。
急いても急かしても、花は咲かないし、実はつかない。
時が来なければ、咲かない、実らない。
じっとその時が来るのを待ち、その時のために着実に歩む。
そうすれば、きっとその時は訪れる。
春は花さき秋は菓なる、夏はあたたかに冬はつめたし。時のしからしむるに有らずや。
『報恩抄』
本年も盂蘭盆会法要を、大変な暑さの中、
大勢のご参集を賜り、共に懇ろの先祖供養を申し上げることができました。
本当に有難く思う次第です。
《法話 寺院参詣》
此の度は、寺院参詣についてお話をしました。
先達、ご先祖様たちが、大切に守り伝えてきた寺院行事です。
今一度心得直していただき、現状に照らし合わせながら、
参詣をしただきたいと思います。
《一言 先祖》
皆様のご家庭にもご先祖様がお戻りになられたと思います。
目には見えない存在を感じることができるかできないかは、
こういった風習の中から培われるものなのかもしれません。
科学的にあるないではなく、私たちの情の部分で感じることができるか、
また、そういった次世代を育てることができるか、
これが今後の日本の豊かさを決定していくのかもしれません。
盆の期間は終戦記念日も重なります。
そういったことを考えずにはいられません。
人はそこまで合理的にはできていません。
心は、不安定で常に移り変わっています。
その心に何を植え付けてあげるのか?
盆の間に、そんなことを考えていました。
いよいよ明日からお盆です。
盆経廻りも一通り終わり、皆様の御参詣を待つばかりです。
草抜きをしたりと、寺院でもご先祖様をお迎えする準備をしていますが、
なんせ暑い。
ご先祖様も戻ってきたらビックリするんじゃないだろうかと、
そんなことを想像しながら準備をしています。
お盆の間には世間ではいろいろなイベントがあるようですが、
大事な時期ですから、家族とゆっくり過ごしてご先祖様の話をしたり、
家族や親族との絆を確かめあったりしていただきたいと思います。
衆流あつまりて大海となる。微塵つもりて須弥山となれり。
『撰時抄』
毎日毎日同じ事の繰り返し。
何も変わらない日々。
少なくとも自分では、変化を感じることができず、悶々とする日々。
そういう時は、自然を見よ。
小さなが流れが大海になるではないか。
ちりも積もれば山となる。
必ず実る日はくる。
諦めない、続けていこう。
衆流あつまりて大海となる。微塵つもりて須弥山となれり。
『撰時抄』
孔子は九思一言
『撰時抄』
九思一言…9つのコトに思いを巡らして誠実な言葉を発すること
現代は言葉があふれる時代。
言葉を求められる時代。
言葉に過敏になる時代。
言葉の文化性が失われた時代。
こんな時代、ゆっくり思いを巡らして言葉を発せられるだろうか。
熟慮する人の言葉を待てるだけの心の余裕はあるだろうか。
孔子は九思一言
『撰時抄』
石中の火木中の花。信じ難けれども縁に値ひて出生すれば之れを信ず。
『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』
火打ち石は打たなければ火は見えない。
石を打つという縁によって火を出だす。
花は咲くまでその姿を見せない。
縁によって木より花を咲かせる。
私たちは何になれるのか?
可能性は誰にも存在する。
縁によっては人は何者にもなる。
可能性を信じるとともに、善き縁に触れなければならない。
善き縁に触れる努力を忘れてはいませんか?
石中の火木中の花。信じ難けれども縁に値ひて出生すれば之れを信ず。
『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』
愚人にほめられたるは第一のはぢなり。
『開目抄』
褒められた嬉しい。
誰もが思うことです。
もっと褒めてほしい。
けなされるよりはよっぽど良い。
だけれども、おべっかを使われていては情けない。
時には批判も賞賛である。
形だけの評価や褒め言葉に酔っていてはいけない。
愚人にほめられたるは第一のはぢなり。
『開目抄』
先日、つぎのようなご相談を受けました。
いつも気ぜわしい感じです。
やることに追われているようで、心が落ち着きません。
あれもこれもしなければと思うのですが、
冷静に考えると、どれも今しなければならないことではないということは、
わかるのです。
それなのに日々忙しさばかりを感じて、何も成し遂げられません。
こういった内容です。
確かにこういうことはあります。バタバタしているうちに一日が終わってしまって、
「今日は一体何だったんだ…」
と思ってしまいます。
随分前に芸能人の矢作さんが、あるお坊さんから、生活を変えるために、
「パジャマをたたみなさい」
と教えてもらったそうです。早速、朝起きたらパジャマをたたむようにしたら、
次はベッドを綺麗にしたいと思うようになり、何となく部屋の掃除を始めて、
そのうちに生活が一変したと仰っていました。
なるほどなぁと思います。小さなことからで良いのですね。
◯少し丁寧に、少しめんどくさいことを
何となく落ち着きがないときには、大概は全てのことを雑にしてしまっています。
そういうときには、まず少し丁寧にする、そして少しめんどくさいことをする、
っというのが大事です。
小さい時に、洗濯物を干していました。
裏返しのものをそのまま干していたところ、叱られました。
「ちゃんと裏返して干しなさい。」
「たたむときに裏返すからいいや。」
と思ったりしていましたが、結局めんどくさいことが後回しになっただけ。
たたむときに煩わしくなって綺麗にたたもうとしなかったり。
少し丁寧に、少しめんどくさいことをしていれば、
後がとっても楽なんですね。
メモ書きしている文字を少し丁寧に書いてみる。
いつもの挨拶を、きちっと立ち止まって、少し丁寧に挨拶してみる。
グチャグチャのカバンの中を、めんどくさいけど、少し片付けてみる。
こういうことから取り組んでいくと、いつの間にか気ぜわしい感じもなくなっていきます。
因果応報ですから、良いことを少しずつ、いっぺんに沢山はしなくてよいので、
少しずつ取り組んでみましょう。必ず良い結果になりますよ。
仏様に向かう時も同じです。
「やってるやってる。」
とはいうけれど、だぁ~と前に座って、パッと手を合わせて、
サッと出て行く。
これでは良くありません。
少し身なりを整えて、お仏壇が汚れていないかを確認して、
少しゆっくり手を合わせる。
そうすると、仏様への気持ちが変わるのですから、
他人に対しての気持ちも変わってきます。
何となく気持ちが落ち着かない、生活が乱れる、そういうときは、
少し丁寧に、少しめんどくさいことに取り組んでみましょう。
※ご相談はメールかコメント欄へどうぞ。
つたなき者のならひは、約束せし事を、まことの時はわするるなるべし。
『開目抄』
子どもの頃、出来もしない約束をしては、友達のことを裏切ってしまった。
大人になって、約束の重みを感じすぎて、にわか返事しかしなくなった。
約束、するのは簡単だけども、果たすのは難しい。
もっと難しいのは、大切なときに約束を覚えているのか、である。
果たすべき約束以上に、人には、忘れてはならない約束がある。
つたなき者のならひは、約束せし事を、まことの時はわするるなるべし。
『開目抄』
人をあだむことなかれ。眼あらば経文に我が身をあわせよ。
『開目抄』
人を批判する時、自分のことはどこかに置いておく。
人に批判される時、やはり自分のことはどこかに置いてしまう。
訓戒を耳にする時、他人に当てはめるのではなく、
自分の身にあてて考えることができる人。
こういう人はとても魅力的である。
恨みつらみにとらわれるより、我が身を仏様の教えに照らしあわせよう。
人をあだむことなかれ。眼あらば経文に我が身をあわせよ。
『開目抄』
最近のご意見