人間は自由の刑に処せられている
「人間は自由の刑に処せられている」
サルトルの言葉です。
自由とは何であろうか?
信心をするものにとっても考えなければならない問題です。
信教の自由によって、誰もが信じたいものを信じることができるようになった…?
未だに慣習などに縛られ、自由な信心を行うことができないかたもいらっしゃいます。
信教の自由によって、何を信じてもよくなったから、別に何を信ずるでもなくなった。
自由であることによって、信じることの大切さが疎かになったしまっています。
自由は決して侵害されてはいけません。
侵害されてはいけないからこそ、一人一人が「自由とはなんであろうか?」を考え続けないといけないと思います。



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