しなければならない
親の介護はしなければならないのですか?
というような相談を受けたことがあります。
当たり前だ!なんて親不孝者だ!
と怒る方もいらっしゃいますが、現在の介護問題の状況を考えると、いろいろなことが心配になって上記のような思いを吐露する気持ちも分かります。
また、親子関係はとても複雑なものですから、
そんなこと当たり前だ!
では片付けられない現実があるのだと思います。
そういうとき、
しなければならない
という言葉の重さが事を悪くしているなと感じることがあります。
真面目な人ほど「しなければならない」に義務感や責任感を強く感じて、疲れてしまうように思うのです。
お寺にいると、いろいろな別れに巡り会います。
その中には、親の介護ができない急な別れもあります。
このような別れの場合、したいけどできくなったしまった親への思いをどこに向けて良いかも分からないということがあって、これはとてもつらいことでもあります。
そう考えると、
しなければならない
よりも、
私たちはすることができる機会に恵まれた
というような感じで思うことができれば、少しは不安を和らげることもできるのではないかと思います。


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