今、「疑う」ということが大事なこととして、捉え直されているように思います。
世の中にあることをあまりに正直に受け止めすぎてはいけない。
たとえば、便利であるということは、その便利の裏側に便利でないはずのものがたくさんあると疑う。
効果がある、有益であるということは、別の場所に有益でないものが押しつけられていると疑う。
このような疑うは、物事を多数の視点から見ていくことでもあります。
仏教者という姿勢においては、自分の見方ではなく、仏様からの見方を常に考えるということです。
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