今年は結局どうにもなりませんでした。
ようやく本葉が2枚ほど見えてきたくらいです。
例年であればこの時期のは本葉が6枚以上になっているはず。
悲しくて写真にも納めていません。
こんな年もありますね。
生えてきてくれた芽を大事にして、これからも少しずつ生えてきそうなので、ボチボチ育てていきたいと思います。
そう言えば、芽が出たのですが、何故か双葉が消えて茎だけが残る芽がいくつもあります。
こんなことははじめてで、虫などがいる気配もないのですが。
不思議です。
本日は御報恩御講を奉修しました。
朝は冷えましたが、午後にはすっかり春らしくなり、御参詣の皆様とともに宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
ご参詣を賜り誠にありがとうございました。
法話では、南条殿御返事についてお話しをしました。
建治2年のお手紙です。
御供養の志について御教示があります。
まだ10代の南条殿に対して、御供養をするということは、法華経を直接供養する、法を護ることになる、その志があってこその御供養であると仰せです。
志を大事にすることを改めて考えさせられる御書です。
短い御書ですが、文末には日興上人に何度も読んで聞かせてもらいなさいと大聖人様は仰せになられています。
私たちも何度も大事に拝読していきたい御書です。
本日は御逮夜法要を奉修いたしました。
謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
法話では南条殿御返事をお話ししています。
建治2年のお手紙ですので、まだ南条殿は10代です。
10代にして一家の当主となり、幾人かの家来も抱えていたことであろうと思います。
その中で志を立てて信心をしていくことは並大抵のことではなかったと思います。
よく「信心は年齢ではない」ということを聞きますが、確かにその通りで、年齢によらず、結局は志があるかないかの違いなのであろうと思います。
最近のインターネット事情では致し方ない部分もあるにせよ、セキュリティの問題がなくても、セキュリティの面でいろいろと引っかかることが多くあります。
ダウンロードのページを作っても、セキュリティの問題を指摘されたりして、ダウンロードができないことがあったり、ページ自体の表示もできない場合もあったりします。
小さなところでやっている限りにおいて、証明書などを発行してもらう手続きは煩雑であり、またかかるものもかかってしまうので、それら全てに対応することは難しいなと感じています。
とりあえず、このサイトも遅ればせながら、httpからhttpsに変更しました。
これからどんどん厳しくはなっていくのだと思います。
致し方ないことですが。
今読んで言う文章に、
はい
という言葉がでてきて、これはどうも「はえ(蠅)」のことを言っているということがわかるのですが、では「はい」を「はえ」と直して良いかと、そうもいかないのかなと思います。
どうも江戸時代は、「え」を「いぇ」と読んでいたらしく(厳密にはもう少し複雑だったようですが)、そうすると「はえ」を「はい」と書いても、間違いとも言えないからです。
特にメモ書きのようなところでありますので、音のママに書いたとも考えられます。
江戸弁に「ひ」が「し」となったりして、そのときの雰囲気を感じようと思うと、「し」で残して置いた方が良い場合もあるでしょう。
まだまだ勉強が必要です。
本日は御書素読を行いました。
大聖人様の御書は声に出して読むからこそ分かることがあります。
そのことを実感するために、御書素読はとても大事です。
今日は御参詣の方々と御書「四信五品抄」を拝読しました。
意味をとらずに、なるべくそのままに読む。
合理的な現代にはあわない学び方かも知れませんが、今の時代だからこそ、そのままに触れることの大切さを感じます。
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今日、大船渡での火災のことについて話をしました。
とても胸が痛みます。
その中で聞いたことですが、たとえば草原において不注意で火がでてしまったときには、バケツで水をかけたりしますが、その火の状況によって違うことなので、判断は難しいですが、バケツの水を一気に掛けるのではなく、少しずつ手で水をかけた方が良いと聞きました。
ついつい焦ってざっとかけてしまいそうですが、そうすると思ったより火は消えないそうです。
いずれにしても状況判断が適切でないといけないことなので、日頃の防災訓練が大切であることを実感します。
大聖人様の御書を拝読していて、
「正しく」
という言葉がでてきますが、これを
ただしく
と読むべきか
まさしく
と読むべきかを悩みます。
意味としては、それほど明確な違いはないのですが、なんとなくニュアンスが違う気がします。
今のところ良い資料を見つけることができていないので、文中の雰囲気を見ながら読み分けています。
また、何か分かったらここで御報告したいと思っています。
ここ数日、かすみがかかったような天気です。
御参詣の方から
春霞ですね
とお声かけいただきました。
そうか、これが春霞かと思いました。
でも春霞ってなんだろうと思い調べてみました。
wikipediaによると
霞や霧は、大気中の水分が植物の蒸散が活発化するなどの要因によって増え、気温の低下などによって微粒子状(細かい水滴)となり、目に見える状態になる。昼と夜の変わり目で気温差の大きい日に起こりやすい。
最近は黄砂などの微粒子により、日中帯に引き起こされる場合も多い。黄砂自体は偏西風により以前より飛来しているため、古い文献にある春霞も一部は黄砂を指していたと考えられる。
とありました。
植物の蒸散が影響しているというのにはびっくり。
先日まではとても乾燥していたのですが、雨が降るようになったのはもちろん、もしかしたら植物たちが春のために元気に活動を始めているのかもしれません。
春霞に植物たちの動きを感じる。
現代人はなかなか感じ得なくなった感覚かもしれません。
本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向をねんごろに申し上げました。
法話では大井荘司入道御書についてお話しをしました。
竜門の滝の故事が引かれる御書です。
多くの魚は竜にはなれない。
成仏も同じである。
ちょっと仏様の教えをかじったくらいで成仏できるわけではない。
思い切りなさい、思い切って法華経行じなさい、とご教示になられます。
また、魚は竜にはなることが難しいが、竜になれないと仰っているわけではないということも大切です。
難しいが成仏できないわけではない。
人生の暗いときに、その暗い道は永遠と続くようでも、必ず光はさす。光のあるところに辿り着くことができる。
そう信じることの大切さもこの御書でご教示ではないかと思います。
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