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しなければならない

親の介護はしなければならないのですか?

というような相談を受けたことがあります。

当たり前だ!なんて親不孝者だ!

と怒る方もいらっしゃいますが、現在の介護問題の状況を考えると、いろいろなことが心配になって上記のような思いを吐露する気持ちも分かります。

また、親子関係はとても複雑なものですから、

そんなこと当たり前だ!

では片付けられない現実があるのだと思います。

そういうとき、

しなければならない

という言葉の重さが事を悪くしているなと感じることがあります。

真面目な人ほど「しなければならない」に義務感や責任感を強く感じて、疲れてしまうように思うのです。

お寺にいると、いろいろな別れに巡り会います。

その中には、親の介護ができない急な別れもあります。

このような別れの場合、したいけどできくなったしまった親への思いをどこに向けて良いかも分からないということがあって、これはとてもつらいことでもあります。

そう考えると、

しなければならない

よりも、

私たちはすることができる機会に恵まれた

というような感じで思うことができれば、少しは不安を和らげることもできるのではないかと思います。


コロナ禍を通して 春季彼岸会法要法話

本年の春季彼岸会法要の法話をここに掲載いたします。

コロナ禍を通して

 コロナ禍が始まって約3年でしょうか。気付けば大変な月日が過ぎました。その間、私たちの生活スタイルも随分変化しました。一応、コロナ禍も終息の方向に向かっているとのことですが、一度変化したものをまた戻していくということは大変なことだと感じています。こうやってコロナ禍も終息していく時に当たりまして、もう一度コロナ禍で感じたこと、学んだことをここで振り返っておかなければならないという気持ちになりまして、またそのような中で大聖人様の御書を多く引いて、私たちの励みとしてきましたので、今日はそのことについてお話しをさせていただきたいと思っております。

 このコロナ禍は、中国で2019年の12月初旬頃から始まったと言われています。日本で報道されるようになったのは、2019年の年末から2020年の年明け頃ではなかったかと思います。その2月末で小中高の学校が一斉休校になりました。そして、4月には緊急事態宣言が出ました。あの時は緊急事態宣言が出たということでとにかく驚きと不安といろいろなものが入り交じりながら、日々を過ごしていたように思います。

 そこから結局ずるずると三年の日々が過ぎたように思います。当初はとにかく未知なるものが相手ですから、目には見えないし、どうしたら良いのかという感じでした。またご不幸も続きましたから、やっぱり誰もが怖かったと思います。ところがすぐに皆さんうっすら気づき始めました。

 「怖いのは病気では無い、人間だ」

ということですね。病気よりもよっぽど人間のやることの方が怖かったわけです。そもそも病気にかかるのは誰のせいでもありません。人間がどうこうして何とかなるものであれば、そもそもこんなに流行するわけないんです。もちろん病気にかからないように気を付けることは大事です。でも誰もが病気にかかることだってある。ところがあの人が病気になったと噂したり、悪口や嫌がらせをしたりする。それも半端じゃなかったですね。

 そういう中で、皆さん暗い顔をされている方が多くおられたように感じました。そこで、大聖人様の御書から、次のようなお言葉をいただきました。

 「つねにめるすがたにておわすべし。」『八幡宮造営事』

 この言葉は大聖人様の檀越である池上兄弟が窮地に陥ったときに、

 「あなたたちは何も悪いことはしていないのだから、毅然とした態度で、しかし、にこやかに日々を過ごしていなさい」

という御教示です。この御教示をもって考えれば、たしかに病気相手に、また人相手に怒ったり、不平を言ったりしても仕方ないんですね。そのようなことをしても意味も無く、そしてとても疲れてしまいます。ですから、気持ちだけでも明るくにこやかに過ごしていきたいということで、とても支えになったお言葉でした。

 一方で寺院としても寺院行事などの活動や法事などをどうやって差配するべきか悩み考えることも多くございました。ただ考えてみれば、こういった難しい状況は今に始まったことではありませんでした。人間関係が希薄になり、宗教離れが叫ばれている状況は、もう何十年も続いています。ですから、気持ちを切り替えて、よし、ちょっといろいろなことをやり直してみようということで、新しく取り組むようなこともでてきました。そういう時に励みになり、また皆様にご紹介したのが、

 「仏法を信じて今度生死をはなるる人の、すこし心のゆるなるをすすめむがために、疫病を仏のあたへ給ふ。はげます心なり、すすむる心なり。」『閻浮提中御書』

という御教示です。大聖人様御在世の時代も疫病がなんども流行していました。今の人たちと同じように人々は右往左往していました。現代のように医療も発達していませんから、ちょっとした風邪でも命を失うような時代です。それは右往左往しても仕方がないと思います。そういう状況にあって、この御教示のように、

 「仏法を信じて今生に生死の苦しみを離れようとする人が、少し心がゆるんだので、それを正しい道に戻そうとして、仏が疫病を与えられたのであり、これは激励のため、勧誡のためである」

という視点、ものの見方や捉え方は、本当にすごいと思いました。

 私たちはコロナ禍を通して制限有る生活をしなければならなくなりました。外食ができないとか旅行ができないとか、人との交流ができない、そういう状況になりました。それは大変なストレスで、病気にかからないまでも体調を崩してしまうような方が多くいらっしゃったようです。

でも、考えてみればいつでも外食できる、旅行ができる、人とも会えるというほうが本当は稀なことであったんではないでしょうか。いつも私は師匠から言われるわけですが、「お前達は毎日正月だ」とこういわれるわけです。師匠よりもっと上の世代の方は、戦前戦中戦後の苦しい時代を生きてこられています。そういう人たちのコロナ禍に対する受け止め方はまた違ったものがありました。

 ある90歳になろうかという女性の方とお話しをしていたときのことです。「私は戦争でとにかく苦労しました。長生きしてきて、またこんな事態に遭遇するとは思ってもいなかった。あぁ長生きしてきて良かった。」私は「あれ?」と思いました。「もうこんな思いするなら長生きするんじゃ無かったと仰るかな」と、不謹慎ですけど、そう仰るかなと思ったんです。でも違いました。これも長生きしていたから経験できること。苦労だって生きているから経験できること。有り難いことなんですよと教えてくれたわけです。

 私たちは考え方や捉え方次第で、生き方は随分と変わってきます。そういう経験を多く聞く中で次の御教示が身にしみました。

 「日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども、仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富める者なり。」『四菩薩造立抄』

 大聖人様は決して恵まれた環境にあったわけではありません。むしろ当時の人から見てもひどくつらい状況だったわけです。でも大聖人様はその状況を恨むこと無く、信心の観点から自分自身の人生を語ります。日蓮は俗世間では日本第一の貧しき者であるけれど、もし仏法の上で論じたならば世界第一の富める者であります。今の私たちの大きな励ましとなる御教示だと思います。コロナ禍を通して、皆様も自分たちにとって大切なものは何であるかを考えたことと思います。

 きっとその中には、今日お詣り頂いたように、手を合わせることの大切さ、仏様を感じることの幸福感も含まれていることでしょう。そのような気付き、これは宝だと思いますが、その宝をコロナ禍が終ったら、すっかり忘れてしまったではもったいないと思います。

 コロナ禍は、もちろんこれからどうなるかわかりませんが、終息していったとしても、また同じようなことは起こるかも知れませんし、もっとつらいことや悲しいことがあるかもしれません。そのようなときでも、この数年で経験したことはきっと皆様の支えや教訓となってくれると思います。ぜひこれを機会にもう一度振り返って頂いて、皆様にとって大切なものは何であろうかを考え直す機会にしていただければと思う次第です。(合掌)

これまでのお言葉


批判

ときに自分が批判的になりすぎるきらいがある…、と若い時分に思っていたことがあります。

なにを見ても、なにを読んでも、とにかく批判から入る。

自分としては、それで良いと思っていたけど、他人から見ると、その批判的な姿勢はある意味滑稽なものに見えていたようです。

それに気付いて、とにかく一回批判的な姿勢を止めてみると、とても気付くことが多くあることがわかります。

なにを見ても、「大変な思いがあったのだろう」「こういう苦労があったのではないか」「こんな工夫のしかたもあるのだな」といろいろと学ぶことができます。

そして、その上で「批判するべきことを批判する」姿勢というが出てきました。

そうすると、それまで滑稽に見られていたその姿勢が、実に理解をもって見て下さるという変化を生んだのです。

決して「批判するな」と言っているわけではありません。

ただ、やみくにも批判するだけではいけないということです。

戦争を語る

御信徒の過去帳をめくると昭和20年に至るまでに亡くなられた方のお名前を目にします。
なかには、戦地にて亡くなられたことが横に記録として書き添えていることもあります。

どれほどのことがあったのか想像だにできないのですが、しかし、多くのお名前を見るにつけ、戦争の残酷さに胸が痛みます。

ある方から、下記の本を教えていただきました。

ペリリュー島で起きた戦闘をもとに描かれた本です。

中には作者が戦争を語ることの難しさも吐露されています。

戦争を語らなければならない。
しかし、戦争を知らないのに語ることができるのか、語ってよいものなのか、自問自答が繰り返されます。

ただ、ふと気が付きました。

戦争を経験していない人が戦争を語ることは、それだけ、戦争をしない時代があったことの証明でもあります。

そう思うと、これからも戦争を経験していないで戦争を語る人が増えることを強く望みます。

いのちのこと

この時期になると草花がいっせいに伸び上がってきます。
花々の姿に元気をもらえるのですが、雑草たちの元気さには勝てません。

抜いている側から生えてくるのではないかと思うほど、雑草たちの生きる力には、
神秘なるものを感じるほどです。

もうずいぶん前のことですが、草引きをしていると近所の子どもに声をかけられたことがあります。

「草抜きしてるの?」

「はい、そうです。」

「なんで?」

「草を抜かないとどんどん生えてくるからね」

「でも、草だって生きているのに、抜いたら可愛そう。」

「…、ほんとうですね。可愛そうですね。」

「うん。」

その後、私たちはたくさんの命の上に生きているということを少しお話ししました。
その子に伝わったかどうかはわかりませんが、自分の中には今でも重く残っている出来事です。

たしかに草花にも命はあります。
でも時にその草花を摘むことも必要です。
それは生きていく上でどうしても行わなければなりません。

食べることも同じです。
多くの命を頂いています。
植物は声を発しないから、無駄に奪って良いわけではありません。

どんなに理屈や理由をつけても、私たちは生きる上で多くの命に支えられている事実は変わりません。

だからこそ、感謝をしなければいけないし、
無駄に奪ってはいけないのです。


いのちを大事に

またどこかで書こうと思っていますが、
以前一般の方から相談を受けたときに、
「それでも、あなたのいのちは大事ですよ」
とお伝えしたことがあります。

その方と後日再会したときに、
「あのとき、いのちは大事だと言って下さらなかったら…」
と仰いました。
また、
「世間では、誰も、いのちを大事にとは言ってくれません」
とも仰っていました。

寺院にいれば、いのちは大事であるということは、
自分も言うし、御信徒ともいつも確認しあっています。

でも、一歩世間にであると、
「いのちを大事に」
という当たり前のことが、語られることがないのだと、
改めて痛感しました。

たとえ、うるさがられても言っていかなければいかないのだと
思っています。

いのちは大事です。

いのちを大事にして下さい。

「利他」(法眼寺瓦版 ひとこと法話より)

 《ひとこと法話》

 利他(りた)

 最近、巷で「利他」ということが見直されているようです。著名な経済学者も、
 「コロナ禍を通して、利己主義になりすぎた世界が「他者のために生きること」に立ち返らなければならない」
と声を上げています。特に若い世代では利他に強い意識があるようで、コロナ関連で寄附行為を行った年代を調べると、若い世代ほどその割合が高くなります。この意識は政治的なことに留まらず、ビジネスの間でも注目されています。以前より京セラの稲盛和夫氏がビジネスと利他を経営哲学として語っておられますが、若い世代でも利益追求型から循環型の経営手法を実践するなど様々な動きが見られるそうです。(「「利他」とは何か」集英社新書)

 一方で利他に関する課題も指摘されています。一つには、今世間で言われるところの利他とは「合理的利他主義」「効果的利他主義」だという点です。最も合理的に、また最も効果的に他者に施すことが自己の利益にもなるという考えです。一見すると良い考えのようにも思いますが、経済的な見返りや数の最大化が見込めない対象は切り捨てられてしまうという問題を抱えています。
 それから、他者に施すにしても、「何を施せば良いのかわからない、かえって迷惑になってしまうのではないか」という、利他がおしつけになってしまう懸念です。たとえば、電車で席を譲り合う場面です。好意で席を譲ったつもりが、相手が断り、断るどころか辛辣なことを言われてしまったという話を聞きます。その他にも社会的弱者に対して、支援をする側と、支援を受ける側のすれ違いは多く存在します。
 これらの利他の良い面悪い面を見るにつけ、もう一度「利他」について考えなければならないという思いを強くしました。

 まず、利他とはどういう思想なのかおさらいします。
 世間一般で用いられる「利他」とはフランスの社会学者によって造られた考え方です。自分の利益よりも他者の利益を追求する思想です。この思想が日本に輸入され翻訳される際に、「利他」という仏教用語が当てられました。ですから、厳密に言えば世間で言うところの「利他」と仏教の教えに基づく「利他」は意味が異なります。
 仏教で言うところの「利他」は「他者を利益することで、自利に対する語。自分の功徳や利益を他に施して救うこと。」という意味です。
 では、世間の「利他」とどこが違うのかと言えば、それは大きく二つの観点があると考えられます。
 一つは、「利益」に関して。もう一つは、「誰のために行なうか」に関してです。

 利益は、一般的には「りえき」と読みます。この場合、意味としては「自分の得になること。儲け。」などを意味しますので、どこまでいっても損得ということが関係します。
 一方で、仏教では利益のことを「りやく」と読みます。意味としては、「神仏や教えからの力によって授けられる功徳のこと。」です。つまり、そこに自らの損得感情はありません。損得がありませんから、自分に対しての見返りなども一切求めないのです。
 「四無量心」という教えがあります。仏様が持つ四つのはかり知れない利他の心のことです。その四つは、
 慈無量心…衆生に楽を与えること
 悲無量心…衆生の苦を除くこと
 喜無量心…先の二つを喜んで行うこと
 捨無量心…見返りを求めないこと
です。何より注目すべき事は、四番目の捨無量心です。私たちは他人に何かを施すとき、どこかに見返りを求めてしまいます。ですから、相手の反応によって自分の行為を評価してしまいます。先の例でいえば、席を譲るという立派な行為をしたにも関わらず、相手の辛辣な態度に、自分の行為まで否定された気持ちになってしまうのです。ところが仏様は違います。私たちがどれだけ仏様のことをおろそかにしようが、教えに耳を傾けないでいようが、変わらずに私たちを導いてくれます。なぜそのようなことができるのかといえば、それは仏様は私たちにまったく見返りを求めないからです。ここが世間的な利他と仏教の説く利他の違いです。
  宮沢賢治の『雨ニモマケズ』には、
  東ニ病気ノコドモアレバ
  行ッテ看病シテヤリ
  西ニツカレタ母アレバ
  行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
  南ニ死ニサウナ人アレバ
  行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
  北ニケンクヮヤソショウガアレバ
  ツマラナイカラヤメロトイヒ
と続いたあと、
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
とあります。この「ホメラレモセズ クニモサレズ」に利他の精神性の真髄があるように感じます。

 それからもう一つ、「誰のために行なうか」です。先ほどの見返りにも重なりますが、私たちは利他という行為を相手のために行います。ですから、相手にはできる限り喜んで欲しいし、相手のためになって欲しいと思います。
 一方仏教的な利他では、利他の行為は、仏様や仏様が説く教えのために行います。
 大聖人様は多くの御書で「法華経のために」ということを仰せになられています。もちろん布教を行うのは衆生救済という目的のためです。しかし、それは誰のために、何のために行なうかといえば、それは大聖人様にとって「法華経のため」でありました。つまり、大聖人様と衆生の間には、法華経という教えが存在しているのです。
 この考え方は、以前は世間にもありました。「お天道様が見ているからね」、というものです。良いことも悪いことも、お天道様が見ていてくれる、そういう第三者的な視点を常に私たちは持っていました。
 他者へ施すという行為は大変崇高ではあるものの、そこには自分と他者という人間関係があり、その人間関係は時にすれ違いを生じます。ですから、昔の人は、自分と他者を直接的に結びつけるのではなく、自分と他者との間に、お天道様や神仏、教えなどを置いて、人間関係を潤滑にしていたのです。このことは、現代を生きる私たちに決定的に欠けていることです。人と人との関係性があまりにも直接的であるために、常に人の顔色をうかがい、本音を語れず、その結果、他者と自分の距離はどんどん遠ざかってしまっています。信仰心を失ってしまうということがこういう所にも影響を及ぼしてしまうのです。

 ここまで世間の利他と仏教的な利他を比較してきました。私も利他という思想は今後世の中に絶対に欠かせないものであると思います。コロナ禍を通して私たちはソーシャルディスタンスなるものを受け入れ、一見人間関係はどんどん希薄になるかのように思われました。ところが、いったん「ステイホーム」の生活が始まると、私たちはどれだけ多くの人々に支えられて生きているのかということを痛感させられているのです。そんな当たり前のことがわからなくなってしまうほど自分勝手な利己主義が蔓延ってしまった現代であるからこそ、利他の精神は必ず必要です。

一方で先に挙げてきたように利他には課題が多くあります。「りえき」を最大化するために利他主義まで利用する社会システム、直接的すぎる人間関係に窮屈さを感じてしまう世間のあり方。こういった課題に対し仏教的な利他の精神は何かしらの答えを与えてくれると思います。損得感情に左右されすぎない社会、仏様を信じることで互いに思いやることができる世間のあり方などです。
 皆様は今のコロナ禍を通してどんなことを感じておられますか?        (合掌)

法話「積み重ね」

現在、寺院参詣が叶わない状況や、
法話ができない環境となっておりますので、
ここに今までに行った法話のダイジェストを掲載します。

(平成26年 盂蘭盆会法要法話)

現実に向き合う

基本的に仏教というのは、現実に向かい合うという姿勢が必要でして、
例えば、
「世の中には四苦八苦というものが現実に存在するから、
目を背けず、受け入れることが大切だ」
という立場を取るわけです。

世の中苦しみにあふれているとは誰も思いたくないですし、
そんなことは現実であっても欲しくはありません。
とはいえ、避けたい思いはありますが、やはり現実からは避けて通れません。

だけれども、何にもなくて現実に向かい合うことはつらいし苦しいです。
ですから、支えとなるものが必要で、仏様の慈悲の心を感じつつ、
慈悲を支えとして、現実に向かい合っていくことが大切です。

ではどうしたら仏様の慈悲の心を感じることができるのでしょうか?
前置きが長くなりました。その疑問が今日のお話です。

予防

最近は、病気にならないための体づくりということが随分言われるようになりました。
身体にやさしい、自然にやさしいというような生活スタイルというのが流行っています。
それで病気にならないための体づくりっていうものや生活スタイル、
つまりは「予防」ということが大きく注目されています。
病気になったら治療をします。
治療も大事。
でも、できるならそもそも病気になりたくない。
だから「予防」に励むということです。
皆様の中にも食事に気をつけたり、毎日ウォーキングをされている方も
おられるのではないでしょうか?

最近の信心

さて、最近の巷で言われる信心というものがどういうものかというと、
どちらかというと病気で言えば「治療」の役割を果たしています。
苦しい時があったときに拝むもの、
つらいことにぶち当たった時にわらをもつかむ思いで手を合わせる、
このようなイメージで世間では捉えられているのではないでしょうか。

確かに、信心というのは、そういう治療的な役割は持っているんですが、
私は、先ほど述べました「予防」という側面を大事にすることが
信心としての本来の力を最大限に発揮することになるのではないか考えています。

山あり谷あり

生きていますといろいろなことがあります。
上り坂、下り坂、まさか。
ときにつまずくこともあるし、転んでしまうこともあります。
そうしたときに、人は、どう立ち上がるかばかりを考えます。

本当は、山あり谷ありの人生、杖(支えとなる教え=信心)とともに
道を進めば転ぶことは少なくなるでしょうし、
もし転んだとしても大きな怪我もないでしょう。

そんなことはない。人生、わからないことだらけだ。

確かにそうです。

なぜならそもそも自分自身が良く物事を見えていないということがあるからです。
大聖人様は、
「虚空の遠きと、まつげの近きと人みる事なきなり。」
と仰せになられています。
夏目漱石はこんなことをいっています。
「自分で自分の鼻の高さがわからないと同じように、自己のなにものなのかはなかなか見当がつきにくい」
自分ってものがよくわからないから、
まわりで起きていることもわからないわけです。

人生、わからないことだらけだ。

だからこそ、予防としての信心が大事であると思うのです。

日々慈悲を感じる

では、
「どうすれば仏様の慈悲を感じることができるのか?」
ということと
「予防」
が関係あるのかといいますと…

病気の予防といえば、健康な体作りです。
健康な体作りには、毎日の運動、毎日の食生活が大事。
つまり、日々の積み重ねが物を言います。
「予防していても病気になりますよ」
もちろんそうです。ですが、病気の時こそ、日々の生活があらわれます。
乱暴な生活をしていたら、病気も重くなる。
しっかりとした生活をしていれば、予防を心がけていれば、
病気も軽く受けることができる。

信心も同じで、毎日の積み重ねが大事です。
予防するためには毎日の積み重ねです。
「信心していたら、困難はなくなるんですか?」
そんなことはありません。困難はあるでしょう。
でも、乱暴な生き方をしていたら、困難もひどくなる。
信心とともに日々を積み重ねていれば、困難も乗り越えることができるでしょう。

当宗では、毎日朝晩勤行をします。積み重ねです。
勤行をするというのは、「有難い」と感じることでもあります。
何を有難いと感じるか?
「仏様の慈悲」です。

毎日、
「仏様ありがとうございます」
「生かしていただいてありがとうございます」
と感じることです。

つまり、
予防=日々の積み重ね
日々の積み重ね=仏様の慈悲を感じることができるようになる
ということです。

困ったときに慌てふためいて、急いで仏様の慈悲を探しても、
なかなか見つかりません。

仏様の慈悲を感じる日々を積み重ねているからこそ、
困難を乗り越えていくこともできるのです。

こころ

「信心のこころ全ければ平等大恵の智水乾く事なし。」
(人も信心の心がととのっていれば、
仏の平等大恵の教えはは常に満ちていて乾くことはないのです)
と大聖人様は仰せです。

今の時代は、どうも心に目を向けようとしません。
体の健康ばかりをいいます。
何故か。
心というのは簡単ではないからです。
そして、心に向かい合わない社会だから、
言い知れぬ不安感は拭い去れないですし、
どうにも生きづらい世の中になってしまうと思うのです。

心は簡単ではありません。
だからこそ、日々丁寧に向き合って下さい。
「めんどくさい」だなんて思わないで、もっと自分や家族の心を大切にしましょう。

以上、本日の法話をこれまでと致します。

ご清聴誠にありがとうございました。

(合掌)

法話 陰の努力

現在、寺院参詣が叶わない状況や、
法話ができない環境となっておりますので、
ここに今までに行った法話のダイジェストを掲載します。

□□□

正直者は馬鹿を見る?

今日は、「陰徳あれば陽報」ありというお話をさせていただきたいと思います。
陰に積む徳あれば、必ず陽なたにおいて果報を得る。
という教えです。
最近は、
「そんなわけはない」
「正直者がバカを見る」
「良いことをしていても、なにも良いことが巡ってこない」
などと、思ってしまいかねない時代になってしまいました。

果たして本当に正直者が馬鹿を見るのでしょうか?
私はそうではないと思います。
今のような、混迷の時代こそ、「陰徳あれば陽報あり」の精神が
大切なのではないでしょうか。

なぜなら、この陰徳あれば陽報ありという教えは、
様々な時代を超えて言い伝えられてきた言葉だからです。
今以上に困難な時代、苦しい生活の中で教訓とされてきた教えです。
ですから、今を生きる私たちの指針にも、必ずなると思うのです。

それでは、この陰徳あれば陽報ありというのは具体的にどういうあり方をいうのか。
それをよく物語った話が、落語の中で出てきます。
「帯久」というお話です。
この話は、もともと上方のものであったのですが、
後に江戸でも落語として披露されるようになりました。
岡山の人はどちらかというと文化的には江戸に近いものがあるといいますので、
今日はその江戸版の方から少し長いですがお話します。

帯久(おびきゅう)

日本橋本町三丁目に呉服屋和泉屋与兵衛が住んでいた。
この和泉屋は根がマジメで日頃の行いもとても良かった。
誰に対しても優しく慈悲深く接する人だった。
そのおかげで商売繁盛していた。

一方、 隣町本町二丁目に帯屋久七が住んでいた。
この人は、箸にも棒にもかからないという人間で、
帯屋のことをよく言うものはなく、街であっても挨拶もしない。
そのせいで、世間では”売れず屋”と呼ばれていた。

帯屋久七は資金繰りに困ったか、
ある年の3月頃に和泉屋与兵衛の所に金の無心に来て、20両の金を借りた。
与兵衛は根っからのお人好しなので証文無しで期限も定めずに貸したが、
久七は20日程しないのにきちんと完済してきた。
さらに、久七は5月には30両、7月には50両、9月には70両、
と借りにきたが、やはり20日ほどで返した。
そして、11月にはとうとう100両貸した。
ところが、今までとは違って、その月には返済がなかった。
月が変わって12月大晦日、てんやわんやの忙しさの時に、久七は返済にきた。
与兵衛は久七を奥の間に通すが、番頭に声をかけられ、
久七と100両を残したまま、与兵衛は出掛けてしまった。
用事をすませて帰ってみると、帯屋はいない。
100両もなかった。
探してもない。
帯屋は100両を返済せずに持ち帰ったのだ。

与兵衛は店中探したが当然無かった。
今更誰かをせめても仕方ないと和泉屋は自分の所でおさめることにした。
ところが、これが不運のつきはじめか、
年が明けると和泉屋は一人娘と妻を相次いで亡くす。
さらには、享保6年12月10日、神田三河町から出た大火事で呉服屋も全焼。
全てを無くし気力を無くして、与兵衛は床につくようになった。

対する帯屋は、100両を元手に大繁盛。

人生とは儚いものです。
これでは「陰徳あれば陽報あり」とは正反対の話ではないか。
いやいやまだまだ話には続きがあります。

与兵衛の番頭をしていた武兵衛が分家をして和泉屋と名乗っていたが、
こちらも落ちぶれて日雇いになっていた。
それでも主人(与兵衛)を引き取って介抱し、アッという間に10年の月日が
経ってしまった。与兵衛は還暦を迎えていた。

与兵衛は世話になった番頭の武兵衛に店を持たせてあげたいと思い、
帯屋久七に出店の資金を借りに行く。
ところが、久七は、昔自分が困ったときに与兵衛がいろいろと世話をしてくれた恩を忘れ、
悪態を付いて、与兵衛の頭をぶん殴り、店先に放り出してしまった。

与兵衛は帰る意欲もなくして、帯屋の裏に回ると久七は離れを普請(建築)していた。
そのカンナっくずにキセルを叩いた火玉が燃え移り煙が上がった。
火事は大事にならなかったが、与兵衛は放火の罪で町方に捕まってしまう。

町方の役人は篤志家の与兵衛のことを良く知っており、
窮状に同情、不問にした上、1両の金をみんなで出し合って家に返してやった。

これを聞いて怒り狂った久七は、今回のことで以前自分がくすねた100両の一件が
露見しては困ると思い、火付けの罪で与兵衛を改めて訴えた。

大岡越前守はそれぞれの様子から全てを見抜いたが、
現行犯でもあり、火付けの罪は重いので、
与兵衛を免罪するわけにはいかなかった。
結果、大岡越前守は与兵衛に火あぶりの刑を申し渡す。

次に、大岡越前守は久七に、10年前のことを正すために、
「100両を返しに来たが主人が出掛けたので、
間違いがあってはと持ち帰ったのを忘れたのではないか」
と優しく尋ねる。ところが、久七があくまでも白を切るので、
人指し指と中指を結び、
「これは忘れたものを思い出すおまじないだ。勝手に解いてはならんぞ。
解いたら死罪、家財没収。」
と言い渡した。

久七は指が使えないのでにぎり飯しか食えず、眠れず、
とうとう3日目には、
「確かに持ち帰って、忘れていました」
と白状した。

そこで、大岡越前守は100両をその場で返すことを命じる。
また、さらに利子として、年に15両、10年で150両を支払うよう命じる。
久七は100両は棚上げし50両だけをケチって年賦として毎年1両ずつ返却する
約束し、証文を作る。
これで損はないとほくそ笑む久七。

これを受けて、大岡越前守は次のようにいう。
「火付けの与兵衛には火あぶりの刑の判決であるが、
ただし50両の残金を全て受け取ってからの執行」
(刑の執行は50年後)
とのお裁き。

驚いた帯久がそれなら今50両出すと言ったが、
大岡越前守にどなりつけられ渋々納得する。

「与兵衛、その方何歳になる?」

「六十一でございます」

「還暦か・・・めでたいの~」

「還暦の祝いにこのうえない見事なお裁き、有り難うございます」

「見事と言うほどではないのだ、
相手が帯屋だから少々きつめに締め上げておいた」。

(参考サイト http://ginjo.fc2web.com/117obikyuu/obikyuu.htm)

徳を積む

和泉屋が行った火付けというのは悪いことです。
社会的に制裁を受けても仕方ありません。
しかし最後に皆が手を差し伸べてくれたのは、
やはり与兵衛が日頃から徳を積み重ねる生き方をしていたからです。

こういうことは私たちも生きていればよくあることです。
自分で失敗したり、
他人の不運に巻き込まれたり、
病気になったり、
いろいろなことがあります。
そして、誰しも
「なんで自分ばかりこんなつらい目に合うのか」
と思う。また、
「こんなことになるなら、まじめに生きても仕方ない」
と思うかもしれません。
しかし、そうではない。
人生いろいろなことがあっても、最後のところや肝心な時には、
やはり日頃積み重ねたきたものが自分を守ってくれるのです。

大聖人様の檀越に四条金吾という方がおられます。
四条金吾は自分の信仰を、なかなか上司や仲間に理解をしてもらえなかった。
しかし、長年の奉公と、日々の信心のおかげで活路を見いだしていかれました。
その四条金吾に、
「陰徳あれば陽報ありである。あなたの心が正直で、
主君を思う気持ちに間違いがない日々を送っていたから、
このような良い果報を得ることができたのだよ」
と暖かいお言葉をかけられているのです。

まとめ

今日は、陰徳あれば陽報ありということについてお話をしました。

まとめますと、
〇どんなにまじめに生きていても試練はやってくること。
〇その試練を乗り越えるのは日頃の積み重ねである。
〇信心においても、 日々積み重ねることで、
困難に目の前にしても乗り越える力を与えてくれる。
〇目の前にしてからあたふたしてもしかたないのだから、
日頃から信心に励み、心身共に整えていくようにしてほしい。
というお話でした。

暑い日々です。どうぞお体を大切にして下さい。

本日の法話をこれまでと致します。

ご清聴誠にありがとうございました。

合掌(平成25年 盂蘭盆会法要にて)