Monthly Archives: 8月 2014

夏期修養会

23日13時~24日12時の一泊二日の日程で、法眼寺夏期修養会が開催されました。

  • 日程
  • カレー作り
  • 石鹸にデコパージュ
  • 花火
  • 朝の勤行
  • ニンジンの種植え
  • スイカ割り
  • 仏様のはなし

雨が降ったりやんだりの天候でしたが、子どもたちと一緒に楽しく時間を過ごすことができました。

仏様の話ということで、日程の最後に少しお話をしましたが、子どもたちに伝えるのは本当に難しいです。
なかなか上手に伝えることができず、ちんぷんかんぷんのようでした。
偏えに私の力不足。
とはいえ、大切なことは御本尊様を前にして、なるべくたくさんの時間を過ごすことではないかと考えます。

そういう意味では、この一泊二日の間、本当に楽しむことができました。
皆様本当にありがとうございました!

今からいうとおかしいですが、来年が楽しみです!

ニンジン成長記は、こちらから!

マナビバ

本日、10時と18時から、マナビバが行われました。

盆明けにも関わりませず、ご参加いただいた皆様には、
本当に有難く、嬉しく思いました。

今日は、ジャータカの話から、物事の捉え方見方について考えてみました。
人は自分の考えにこだわるのはもちろん、見方捉え方にもとても執着してしまいます。
その結果、ものごとの本質は見えないどころか、まわりまで見えなくなってしまい、
今自分がどこにいて、何をすべきかがわからなくなってしまいます。

仏様の教えの中には、一水四見(いっすいしけん)というものがありますが、
一つの水でさえも、捉える生命によって変わってしまうのです。

私たちはもちろん仏様の眼のように物事を見ることができればよいのですが、
なかなかそうあるのは難しいものです。

ですから、仏様に向かい合って、心を整え、仏様を通して物事を見ていくことが
大切であるのです。

今の時代は、私たちの目を惑わすものがたくさんあります。
そんなものに心を奪われないように、やはり信仰の力が必要とされる時代だと思います。

 

《一言「暑い」》

毎回ここで、暑い暑いばかりいって申し訳ないのですが、
やはり暑い毎日です。

とはいえ、熱い夏期修養会が近づいてきました。
参加人数は…ちょっと少ないですが、
みんなとしっかり楽しんで、仏様の慈悲を身に感じていきたいと思っています。
準備が間に合うかな…。頑張ります!

ところで、先日、盆前にご参詣された方が、このサイトをとても良くチェックしてくれている
とご本人からお聞きしました。
ありがとうございます!本当にるうれしいです。
ぼちぼちの更新ですが、少しでもお寺の様子を届ければと思っています。
ご主人によろしくお伝え下さい!

 

盂蘭盆会法要

13日、15日と平成26年度の盂蘭盆会法要が奉修されました。
大勢の御参詣を賜り、共に先祖供養に勤めることができましたことを、
誠に有難く思いました。

《法話「毎日心と向き合う」》

今回は、心と向き合うということについてお話しました。
最近は、ウォーキングをしたり、健康食品を食べたりして、
随分身体を気遣うようになりました。

対して、どうも心は置き去りです。
心に向き合うということ、何も特別なことをしなさいというわけではありません。
ご先祖様が勤めてこられたように、毎日お仏壇に向き合って、
ちゃんと自分のこころを仏様にご覧いただく。
こういうことを丁寧につとめていくことで、心をしっかりケアできるのです。

また、ご家族揃ってお仏壇の前に座ることも大事です。
夫婦げんかをしても、お仏壇に向かい合っているときは、顔を合わせることもありませんしね。笑

宗祖のご金言です。

「信心のこころ全ければ平等大恵の智水乾くことなし」

一日を大事に、自分もご家族のこころも大事に。

《一言「雨」》

雨にぬれる瓦

雨にぬれる瓦

雨が良く降ります。
室内の湿気が、80%近くになっています。
蒸し暑くて気持ちが悪いですね。

今年は冷夏なのでしょうか。

体調管理を気をつけましょう。

夏期修養会のご案内

本年の夏期修養会は終了しました。

当日の様子は、こちらを御覧ください。

8月度御経日

本日10時と18時より御経日が奉修されました。
久しぶりの曇り空、しかし、それでも随分と暑い中、
大勢の御参詣を賜りまして誠にありがとうございます。

《法話「童子教」》

今回も童子教についてお話しました。
都合三回の及んだ童子教についてのお話も今回でおしまいです。

童子教の最後の部分、

見る者誹謗すること勿れ  聞く者笑を生ぜざれ

と書かれています。
これは非常に大事なことではないかと思うのです。
謙虚でなければならない。人の学ぶ姿勢を笑っていはいけない。
私たちはこれからの子どもたちに何を学ぶかということも大事だけれども、
どう学ぶべきなのかということも教えていくべきなんだと思います。

これは信仰につながることであって、どうやって信心修行に励むのかを
十分に考え、行動していかなければならないはずです。

※ちなみにここで書いていることは法話では述べていません。
法話はぜひ直接御聴聞ください。

《一言 「事件」》

またもや凄惨な事件がおきました。私のような愚かな頭では、
到底理解できないようなことであって、テレビを見ながら胸が苦しくなりました。

今回の事件と言い、眼に見えない子どもたちの叫びが聞こえてくるようです。

社会、教育、根本的な転換期に来ているような気がします。
もう今のままではダメだと思うのです。