Monthly Archives: 10月 2022

雑記

少しバタバタしているといういつもの言い訳をしている間に、掲示板の言葉を選ぶのをすっかり失念しておりました。

大変だと思って急いで探し出すと、御金言もなかなか見つかりません。

見つからないというよりは、見つけられない。

御金言はどこかに行くわけではないので、結局こちらの心次第で見つけることもできるのです。

そんなことを冷静に考えると、スッと御金言が心の中に入ってきます。

ということで明日の御経日には間に合いそうです。

お花づくり

今日はお花づくりでした。

思いもかけず多くの皆様に御尽力いただき、140本のお花ができあがりました。

久しぶりに顔を合わせたかたもいらっしゃたので、語らいにも花が咲きました。

急に朝晩が寒くなってきましたので、皆様気をつけてお過ごしください。

法華経のはなし50 長者窮子の譬え 信解品【字幕】日、英、ボルトガル語

値う

よく御書の中で、巡り会うというような意味の時、「値う」が使われています。

この値うは、仏教の言葉にある値遇という意味から値うと使われていると思います。

値遇は、「ちぐ」や「ちぐう」と読み、前世からの宿縁などによって今世においてであうことを意味します。

つまり、ただ出会っただけでなく、なにかその向こう側に縁あるものを見るというのが値うと思っていただけると良いのではないでしょうか。

しかもそれは、今世だけで無く前世からの深いつながりであるのかもしれません。

無縁

日有上人の連陽房雑雑聞書に

一、当門徒の仏事とは、無縁の慈悲に住する義が仏事なり。

とあります。

この無縁、とても解釈が難しいのですが、単純に有縁と無縁の対義語の無縁というわけではないようです。

むしろ、縁が有る、縁が無いに関わらない無縁ということでしょうか。

有縁と無縁は世俗のこと、有縁無縁の無い世界観が仏事と考えてみるとよいと思います。

雑記

次回の法華経のはなしは50回目となります。

いつもご視聴頂き本当にありがとうございます。

ちょうど良いタイミングで信解品第四に移っていきます。

信解品第四では長者窮子の譬えが四大声聞によって示されます。

何度読んでも奥が深い譬喩です。

ということで、土曜日にアップできるように頑張ります。

市井の人

教科書で習わない偉人、南方熊楠…

というのは以前のことで、現在では学校でも偉人として習うそうです。

大変な偉業をいくつもなした方です。

こういう人はいろいろとエピソードが多くて、そういう話は面白い者ですから、実際の偉業よりもそちらばかりが注目されたりします。

でも、みんな何か一つは変わったところはあるわけで、南方くらいのことをしようと思ったら、世間のつまらぬ常識など当てはめてはいけないと思います。

一方で、南方にはやっぱり素朴な感があって、それがとても興味をそそられます。

南方は中卒であったそうです。

しかし、学問というのは学歴ではないということを地で行く人でした。

なので、既成の構造とは違う形で学を深めていく様子は、爽快感すら覚えます。

しかし、実際には苦労も多かったことと思います。

苦労を苦労と思わないところが偉人の偉人たる所以であるといいますが、それはきれい事でしょう。

以前先輩に、

「学びというのは、市井の人でいることで成し遂げることができる」

と教えてもらいました。

とても深い言葉だと思います。

南方熊楠も市井の人であると思います。

仏教説話3 「王様と靴屋」 隣の芝生は青い…

お花づくり

今日はお花づくりでした。

皆様力を合わせてお花づくりをしてくれました。

このお花は大聖人様が御入滅の折、時ならぬ桜が咲いたことに由来します。

30日には、竹ひごにお花を巻き付ける作業をします。

また皆様よろしくお願い申し上げます。

それから、今日、本堂にスズメ、客殿にトンビ!?が参詣しました。

トンビが飛び込んできたときにはさすがにびっくりしました。。

文化の違い

文化の違いというのは様々なところで感じます。

寺院には参詣された子どもさんたちのためにたくさん絵本をおいています。

新しい絵本も追加していますが、昔からある絵本もあります。

久しぶりに下記の絵本を手に取りました。

https://www.kogumasha.co.jp/product/186/

内容は結構残酷です。

ですが、こういった原点の内容を変えることなく、子ども達が読む絵本として紹介することはとても大切なことでもあると思います。

現に日本の昔話もかなり強烈なものがあります。

こういった絵本などを通して、文化の違いや時代の違いなどを感じてもらえると嬉しいです。