Monthly Archives: 3月 2016

春季彼岸会

本年も春季彼岸会を懇ろに奉修いたしました。
大変良い天気に恵まれ、暖かい日差しの中で、
皆様とともに先祖供養をつとめることができ、
誠に有難く思う次第です。

《法話 自分を認める》

今回は、嫉妬やねたみといった観点から、
自分を認めるということについてお話しました。
自分を肯定するというのがよい表現かわかりませんが、
自分を否定してしまっては何も解決しません。
愚かである自分、弱い自分、愛情を欲する自分、
それを自分自身が認めることが大切です。
これは成仏にも関わってきます。
法華経の成仏は、まずあなたがあなたであることを
悟らなければなりません。
そしてお題目によって仏性を開かしめる。

自分に向き合うということはなかなか大変なことで、
時に苦しいことでもあります。
認めたくない自分がそこには必ずいるからです。

しかし、その自分を認めることができるのは、自分だけです。
他人にはできないことなのです。家族友人にもできません。

自分を自分とするということは勇気のいることです。
だからこそ、御本尊様に向いましょう。
お題目を唱え、勇気をいただいて、自分に向き合ってください。
そうすれば、必ず道は開けていくはずです。

《一言 春がきた》

ようです。今年は暖冬でしたが、それでも春の訪れは嬉しいものです。
今週末にはまた冷えるようですが、
寒暖の差が激しいころですので、十分に体調管理につとめてください。

 

あれから五年

今日、東日本大震災より五年となりました。

勝手に五年と区切って良いわけでもなく、
まだまだあの震災をどう受け止めて良いのかわからない、
それが正直な気持ちではないでしょうか。

直接被害にあったわけでもないものが、
何かを語る資格があるのかと問われれば、
自身を持って、「ある」とはいえない自分がいます。

私たちは意味を考えます。
例えそれが虚しい行為だったとしても、
意味を考え、少しずつ理解を深めて行きます。

あの震災はどんな意味があったのでしょうか。

考えれば考える程、人間というものを見つめなおさなければならない。
ここに行き着きます。

そして、やりきれない思いがつのります。

そうして、祈りの有難さに気付きます。
祈っていたって何も変わらない。
何も変えることができないほど私たちはちっぽけだから、
祈るのです。

御塔婆を建て、手を合せ、祈りました。

引き続き支援を続けていくことを誓います。

 

3月度御経日

昨日、10時と18時より3月度の御経日が奉修されました。
朝から冷え込みが厳しくなりましたが、
寒さに負けなように、しっかりと勤行唱題し、
参詣者一同先祖供養につとめることができました。

《法話 化儀》

御経日では、化儀についてお話をしています。
今回は過去帳、お墓、お塔婆供養に関してお話をしました。
ついついめんどくさいと感じて疎かにしてしまうことが、
実はとても大事な行為であることがあります。

だいたい人間は言い訳を考えるのが得意ですから、
時代、環境、何でも言い訳にしてしまいます。
そうこうしているうちに日はどんどん過ぎていくのですから、
どこかで立ち止まって、自分を省みることが大切です。

法眼寺では、「信心のすすめ」という手引書も発行しておりますので、
ぜひ活用してください。

《一言 インフルエンザ》

インフルエンザにかかりました。
一週間ほどですが、何もできず。
気をつけていてもかかるときはかかるのですが、
横になりながら、お題目を唱えていると、
とてつもない安心感を得ることができました。
信心があるというのは、
このお題目に巡り会えたことの喜びは、
こういった小さなことでも感じることができます。

とはいえ、皆様もしっかり手洗いうがいをして、
なるべく羅患しないように気をつけてください。